将来の妊娠 若いうちから健康管理 「プレコンセプションケア」を知っていますか

写真はイメージ(Taka / PIXTA)

将来の妊娠を意識し、若いうちから自分たちの生活や健康に向き合う「プレコンセプションケア」(プレコン)。若い女性の痩せすぎに伴う低出生体重児の増加や、妊産婦の高齢化などを背景に必要性が指摘され、医療機関や教育現場などで少しずつ取り組みが始まっています。

「いずれ妊娠したいけど、今できることは」「ネットで見たこのサプリって、効きますか」―。不妊治療専門のさっぽろARTクリニックn24(札幌市北区)の「プレコン相談室」には、20~40代の女性やカップルからこんな相談が寄せられます。

同院では2019年の開業当初から、初回無料の相談室を設置。看護師が応じ、将来の妊娠を視野に、体の調子や生活習慣を整えるアドバイスをしています。

喫煙や痩せすぎの危険性知って

相談者に配布するオリジナルの冊子「プレコンセプションケアのすすめ」には、妊娠前からできることとして、《1》禁煙し、受動喫煙を避ける《2》アルコールを控える《3》適正体重をキープする《4》バランスの良い食事を心がける―など11点を挙げ、その理由を詳しく説明しています。

例えばたばこは、卵子の老化や着床障害、精子数の減少や運動率の低下につながり、胎児の発育不全や低出生体重のリスクを高めます。また、痩せすぎは、月経不順や無排卵月経を引き起こすことがあり、妊娠中の母体の低栄養は赤ちゃんの将来の生活習慣病をもたらす場合があるといいます。

院長の産婦人科医、藤本尚さん(53)は「妊娠について正しい知識のない人は多い。ネットの情報に惑わされず、早いうちから健康状態の改善などできることに取り組んでほしい」と狙いを語ります。

「プレ」は英語で「前の」、「コンセプション」は「受胎」を指し、プレコンは、妊娠前の健康管理を意味します。米疾病対策センター(CDC)が06年、世界保健機関(WHO)が12年にそれぞれ提唱しました。WHOはプレコンを「妊娠前の女性とカップルに医学的・行動学的・社会的な保健介入を行うこと」と定義しています。

日本では、21年に閣議決定した成育医療等基本方針に、プレコンに関する体制整備を図ることが明記されました。相談支援や健診を通じて、将来の妊娠のための健康管理に関する情報提供を推進する、という内容です。

厚生労働省は昨年度から「性と健康の相談センター事業」を始め、道内では各地の保健所の「女性の健康サポートセンター」など27カ所が担っています。

「妊娠、出産がゴールではない」

日本で初めてプレコンセプションケアセンターを15年に開設した国立成育医療研究センター(東京)の母性内科医長、三戸麻子さん(47)は「決して妊娠、出産がゴールというのではなく、自分の性と生殖について選び、納得いく人生を健康に歩むために必要なもの」と指摘します。プレコンは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の項目の一つに盛り込まれた「性と生殖に関する健康と権利」(SRHR)に通ずるものだと言います。

また、大学生を対象に出張授業を行っているのが、武蔵野大学看護学部教授の坂上明子さん(58)=母性看護学=です。月経と妊娠のメカニズム、パートナーとの関係構築、健康な生活習慣、LGBTQなどについて広く伝えています。「学校教育で子どもたちが妊娠についてきちんと知る機会のないことが問題。プレコンの土台となる、(人権やジェンダー平等の尊重も含めた)包括的性教育の導入も求められる」と強調しています。

国立成育医療研究センターはホームページで女性、男性がそれぞれ実践できる生活習慣のリスト「プレコン・チェックシート」を公開しています。

北大が高校で講座 妊娠と分娩を科学的に教える

妊婦の下半身を模した分娩シミュレータを使い、お産を体験する札幌月寒高校の生徒(右)と馬詰武さん(中央)

北大は2022年度から、産官学でつくる健康づくりプロジェクト「北大COI(センター・オブ・イノベーション)ネクスト」の一環で、高校生を対象にプレコンセプションケアに取り組んでいます。北大病院の産科医が中心となり、これまでに市内などの高校計3カ所で講座を開きました。

「頭が見えました。次は肩を出すので回りますよ」

12日、札幌市豊平区の札幌月寒高校で、北大病院の産科医、馬詰武さん(43)が臨場感たっぷりに助言しました。受講を希望した1、2年生13人が、特殊な樹脂でできた分娩(ぶんべん)シミュレータと胎児の人形を使い、赤ちゃんを取り上げました。

この日は妊娠の仕組みに関する講義の後、生徒たちは実際の妊婦の尿を使って妊娠検査薬の陽性反応を観察したり、模型を使って帝王切開手術の様子を再現したりしました。国立成育医療研究センターが作成したライフプランを考える冊子「プレコンノート」も配りました。

参加した2年の藤原こころさん(16)は助産師志望。「普通は、妊娠したかもという緊張する状況で初めて妊娠検査薬を使う。事前の知識があれば不安が和らぐと思う」と話していました。

馬詰さんは「学校教育の性教育は性感染症や避妊などが主で、妊娠に対する負の印象を持ちがち。妊娠と分娩を科学的に教え、前向きに向き合う姿勢を育てたい」と語ります。今後、高校でプレコンを教える外部講師向けの研修教材を作成する考えです。

取材・文/有田麻子(北海道新聞記者)

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