9.6胆振東部地震 くらしを守る

小中学校休校、保育所も休み… 親は仕事 子どもの居場所は

胆振東部地震の発生後、長時間にわたる停電が続く中、道内の子どもたちはどう過ごしていたのだろうか。小中学校が休校になるほか、多くの保育所や児童館も休みになり、共働きやひとり親家庭では、子どもだけで留守番をする例もあった。子どもの安心できる居場所を確保しつつ、仕事をする親を支えるには「子どもに関わる機関が今回の対応を検証し、今後に備える必要がある」と専門家は指摘する。

専門家、預け先確保 対応協議を

小4と中2の子どもを育てる札幌市内の女性看護師(41)は地震発生時、勤務先の病院で夜勤中だった。夫は単身赴任中で、自宅にいるのは子どもだけ。「患者の安否を確認しながらも、家に残した子どもも心配で、不安だらけだった」と振り返る。昼前に帰宅して子どもの無事を確認した後も、夜勤明けの休日を返上して、再び出勤した。幸い子どもたちは落ち着いた様子だったが「学校の休み中、地域の児童館などで過ごせると安心して働けたと思う」と振り返る。

シングルで小1と小3の子どもを育てる同市内の男性会社員(43)は地震後、学校が再開するまで仕事を休んだ。「災害後は仕事量が増えて忙しい。子どもの預け先を確保できれば出勤したかった」と残念がる。

事業所の中には、従業員の子どもを空きスペースで預かったところもある。勤医協札幌病院(札幌市白石区)は地震が発生した9月6日と7、10日の3日間、院内の空きスペースを活用し、1歳~中学生の子ども延べ74人を受け入れた。職員の家族や保育士資格を持つ職員が付き添い、子どもたちはボール遊びなどを楽しんだ。

佐藤秀明事務長は「患者を断らずに受け入れられたのは、子育て中の職員も出勤してくれたおかげ」と話す。長男(7)と長女(4)を連れて出勤した内科外来の主任看護師、飯田千里さん(35)は「会社員の夫(35)も仕事を休めなかった。不安そうな子どもたちを置いて出勤することは考えられなかったし、私も管理職なので出勤しないことは考えられなかった」と感謝する。ただ、長女は普段と違う環境だったため昼寝がうまくできず、翌日は再開した保育所に行ったと言う。

地震当日から開所した保育所もあった。24時間保育を行う札幌市内の保育所は地震当時も数人の園児がいたが、停電の中、保育を続けた。園長は「子どもにけががなく、建物も耐震基準を満たしている。断水もなかったので預かった」と話す。朝になると、医療関係者など「どうしても仕事を休めない」という親が子どもを連れて来所したため預かり、ガス調理器で作った昼食を提供した。午後5時にいったん閉園し、翌日午前7時から受け入れを再開。「休める親は子どもに付き添った方がよいと思うが、災害対応の必要な職場の親からは『仕事上の役割を果たせた』と感謝された」と言う。

災害時の子どもの居場所について、札幌国際大の品川ひろみ教授(保育社会学)は「一番大切なのは、子どもが安心して過ごせること。共働き家庭が増えた現在、親が家庭にいて守れる子どもは少なくなっている」と指摘。「保育所や学校、児童館など子どもに関わる機関は協調して子どもの居場所を考える必要がある。医療機関や災害に人手が必要な事業所は、災害発生時にどういう勤務態勢にするのか、出勤する職員の優先度を考えておく必要がある」と話す。

取材・文/酒谷信子(北海道新聞記者)

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