「子どもだけの留守番も虐待」埼玉県で自民が条例改正案撤回 漂う家父長制

写真はイメージ(8x10 / PIXTA)

埼玉県議会の自民党県議団が10月、県議会に提出した虐待禁止条例の改正案は、子どもだけでの登下校や留守番を「虐待」として禁じる内容で、広く県外にも波紋を広げました。「ほとんどの保護者が条例違反になる」として批判を浴び、撤回されてから約1カ月が経ちます。どんな課題が見えてきたでしょうか。ジェンダーや政治、子育て支援の研究者などに聞きました。

「虐待禁止条例」の改正案が取り下げられた埼玉県議会の本会議=10月13日、さいたま市

この条例は、児童、高齢者、障害者への虐待の禁止、予防と早期発見を基本理念に掲げ、2017年に施行されました。自宅や車内での置き去りによる子どもの死亡事故が相次いでいるのを受け、条例案は「擁護者の安全配慮義務」を記した条文に、小学3年生以下を自宅に放置することを禁じ、4~6年生については努力義務とする一条を加えたものです。県民には通報を義務付けました。

女性を管理監督

「最初に思い浮かんだ単語は『家父長制』でした」。大阪大学人間科学研究科招へい研究員の元橋利恵さん(36)=ジェンダー論=はそう振り返ります。

「家父長制は、ケア労働を家庭の中の女性に丸投げし、家長が管理監督するシステムです。この条例も、通報によってケアする人の監視を強めるというやり方で、家父長制の発想に立っていると思わざるを得ません。育児の負担が圧倒的に女性に偏る中で、女性に対する懲罰的な内容と言えます」

県議団の議会での説明などによると、自宅での短時間の留守番、公園での遊び、登下校、おつかい、高校生のきょうだいに子どもを預けて出かける、なども「放置」にあたるとされました。

元橋さんは「目を離したくない、というのは保護者が一番感じていることです。誰も放置したくて放置していません。短い間でも子を託せる人がいない中で、毎日引き裂かれ、葛藤を抱えているのは子育てをしている人です。そうしたケアの営みに対する敬意を欠いていて、ケアする人に対する人権意識も感じられません」と話します。

市民の生活無視

改正案はSNSなどで反発が広がり、オンラインの反対署名には10万筆超が集まりました。札幌学院大学法学部教授の神谷章生さん(63)=政治学=は「物価の高騰で生活が苦しく余裕のない中で『働くな』ということかと、1人親や共働き家庭に響いたのでしょう」と分析します。

神谷さんは、今回の改正案が米国の一部の州での子どもを一人にすることを禁止する法律が下敷きになっている可能性を指摘し、「米国では地域社会の支えがあってどうにか成り立っていると聞きます。日本とは環境がだいぶ違います」と話しました。

以前、旭川で旧統一教会の関与が指摘される「家庭教育支援条例」の制定を目指す動きがあったことに触れ、「家族の機能を強化したいというのが全体を通して感じるにおいです。市民の生活を無視した条例は今後も出てくる可能性があります」と警告しています。

安全な環境必要

一方、「今回、単に全面的に否定するというところで終わりにしてはなりません」と問題提起するのは旭川市立大短期大学部教授の松倉聡史さん(70)=教育法学=です。「子どもが安全に育つため、親の長時間労働や、保育園や学童保育の待機児童問題の解消が必要です。児童虐待の予防のためには、子育て相談窓口、子どもの権利救済機関の拡充が求められます」と強調しています。

保護者はどのように受け止めたのでしょうか。札幌市厚別区の会社員で、夫婦ともにフルタイムで働きながら小6と中3を育てる谷内(やち)政昭さん(47)は「ばかなことを言っているな」とあきれていたと言います。「大人がずっと子どもを見守ることは、子どもにとっても良いとは思えません。成功体験を積み重ねる機会を奪ってしまいます」。谷内さん宅では小学校に入るころから近所の公園やおつかいに送り出しています。

自民党県議団の女性議員は58人中3人。谷内さんは「(改正案は)子育ての実態が見えていない人たちで決めたのでしょう。世の中を知らない、同じ考えのおじさんがたくさん集まるとこういうことになる。組織の中での多様性はやはり大事です」と話しています。

取材・文/有田麻子(北海道新聞記者)

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