「産後ケアホテル」でママたちのサポートを 産後うつを経験した高橋さん、札幌で開設目指して奮闘中

出産後の授乳指導や乳児預かりなどの産後ケアをホテルに泊まりながら受けられる「産後ケアホテル」を知っていますか。自身の出産をきっかけにケアホテルの必要性を感じ、北海道内にも開設しようと奮闘する女性がいます。育児に追われて寝不足に陥り、心身共に疲れ切ってしまう母親たちを救いたい―。昨年4月にSNSで発信を始め、共感が広がりました。産後ケアホテルは一般のホテルの一部を間借りするケースが多く、11月には札幌市内のホテルで1泊2日の産後ケアサービスを試行します。

きっかけは産後のうつ

「どう死のうかと毎日考えていた」。産後ケアホテル開設を目指して活動する札幌市の高橋奈美さん(30)は、2021年11月の出産後3~6カ月のころのうつ状態当時をこう振り返ります。夫は出張が多く、育児と家事の負担が集中する「ワンオペ育児」の状況。冬で外出が難しかったり、コロナ禍で友人にも会えなかったりで孤独感が募っていきました。

どう乗り越えようかと模索する中、昨年3月に神奈川県横須賀市のケアホテルを紹介する動画をYouTubeで見つけました。24時間いつでも子供を預けられ、マッサージなどのサービスが充実。「赤ちゃんがいてもホテルに泊まれるなんて」と強くひかれました。「今すぐに泊まりたい」と道内の施設を探しましたが、見つかりません。「道内にないなら、私が作ろうとすぐに思いました」。妊娠・出産を機に会社員から主婦となった高橋さんですが、ホテル開設を目指し起業する決意を固めました。

昨年4月、多くの母親が育児の情報収集に活用しているインスタグラムに「産後ケアホテルを作りたい。一緒に夢をかなえてくださる方を探しています」と投稿。ケアホテルについての発信を始めました。必要性を訴えたり、需要を探るアンケートをしたりする中、札幌市の助産師荒木美里さん(37)と出会い、ともに開設を目指して活動しています。

産後ケアホテル開設に向け、打ち合わせをする高橋さん(左)と荒木さん

産後ケアホテル開設に向け、打ち合わせをする高橋さん(左)と荒木さん

「0歳児ママ」支えたい

今年6月からは月に一回、0歳児の母親を対象とした「ママ会」を開いています。会場は、市内の一軒家で営業する喫茶店「byme」。

助産師浜川沙紀さん(30)らも加わり、ママ同士で交流しながら、育児の悩みや産後に辛かったことを聞いています。乳児との外出をためらいがちな産後の母親を支えながら、ホテルでのサービスづくりにもつなげる予定です。

「0歳児」の母親を対象に、札幌市内の喫茶店で月1回開いているママ会

「0歳児」の母親を対象に、札幌市内の喫茶店で月1回開いているママ会

8月10日には「0歳児ママの夏休み」というイベントも開きました。0歳児の子を助産師・保育士が預かり、母親たちにエステやネイルなどのサービスを提供しました。「0歳児のママは昼夜問わずに疲れている人が多い。肩の荷を下ろして自分の時間をゆっくり過ごしてもらう企画を考えました。ホテル開設を考えたときからずっとやりたかったことの一つがかないました」と手応えを話します。

発信力を高めるため挑戦した3月の「ミセスSDGsジャパン」の北海道大会。女性の力でSDGsを広めることや、輝き続けたい女性を応援するコンテストで、産後の母親の孤独さや社会全体で支える重要性を訴え、グランプリに選ばれました。11月27日に横浜市で開かれる全国大会にも出場予定です。活動を通じて、ケアホテルの重要性も訴えています。

「ミセスSDGsジャパン北海道」の活動で、スポンサー訪問をする高橋さん

「ミセスSDGsジャパン北海道」の活動で、スポンサー訪問をする高橋さん

宿泊型のケア 受け皿不十分

産後ケアは2021年4月から自治体の実施が努力義務となりました。厚生労働省が研究機関に委託して昨年9~11月に行った全1741市区町村に行った調査では、回答した市区町村の9割が産後ケアを行っていました。宿泊型の実施は67.5%でした。ただ施設不足などを理由に「利用を断ったことがある」との回答が14.4%にのぼり、受け皿が十分ではないことが分かる内容でした。

道によると、今年4月時点で宿泊型のケア事業を実施しているのは68自治体にとどまっています。ケアを行うのは助産院や病院で、定員が少なかったり、当該の病院で出産した人に対象が限られたりする場合もあり、誰でも利用できる訳ではありません。記者は2018年に道内で第1子を出産し、病院に宿泊する「産後ケア入院」を利用しようと思って病院を探しましたが、すぐに受け入れてもらえず、利用を見送った経験があります。

母親たちの認知度の低さも課題です。「私のSNSへの投稿で、産後ケアを初めて知ったという人も多い」と高橋さん。今年3月に退職するまで15年間、市内の総合病院で勤務していた荒木さんも「助産師でも産後ケアの重要性への認識が高まったのは最近のことです」と話します。「疲れや不安から表情が良くないママと1時間話すだけで、笑顔になれるということもありました。産後うつに気がつかずに手遅れになってしまわないように、産後うつの女性を減らしたい。一人でも多くのママたちが救われる場所を作りたいです」。

育児に追われて寝不足に陥り、心身共に疲れ切ってしまう母親たちを救いたいと産後ケアホテル開設を目指す高橋さん

育児に追われて寝不足に陥り、心身共に疲れ切ってしまう母親たちを救いたいと産後ケアホテル開設を目指す高橋さん

家族でも宿泊可 ホテルへのこだわり

高橋さんと荒木さんは、宿泊型ケアの受け皿の拡大だけでなく、「ホテルだからこそできるホスピタリティ」の提供を目指しています。24時間の乳児の預かりや育児指導、質の高い食事の提供だけでなく、エステやマッサージなども選べるようにする計画です。「ご褒美感、特別感を大切にしたい。ママとしてだけでなく一人の女性としての時間を過ごしてもらい、自己肯定感が上がるような場所を作りたいです」と高橋さんは話します。

また、父親や乳児のきょうだいも泊まることができるようにする考えです。これも病院や助産院にはない魅力です。「ママだけのケアだとパパには育児スキルが身につきません。それを教育するのはすごく大変。夫婦で、家族で育児を一緒にスタートできる場にもしたい」と願っています。

1泊2日で試行実施

SNSでの発信をきっかけに再会した知人の紹介で、協力をしてくれるホテルが今春見つかりました。今年8月には個人事業主として開業届を出し、11月に市内のホテルの一部を借りて、試行的なサービス提供を計画しています。「求めてくれているママたちに、ようやく提供できる」と、楽しみにしている高橋さん。

本格的な開設に向けて年内には資金約100万円程度を集めるためのクラウドファンディングも予定しています。「ママが心から安らげる場所を作りたい。利用料金をできるだけ低価格に抑えることが課題ですが、解決できるようにさまざまな仕掛けを考えています。自治体との連携、助成を受けることも目指します」。

産後ケアホテルの開設に向け奮闘は続いています。

取材・文/石橋治佳(北海道新聞編集センター)

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