難病の市場さん 東川に開業 夢のパン店 目が見える限り

パン屋の夢をかなえた市場さん。「ずっと病気を恨んできたけれど、ようやく感謝する気持ちになれた」

【東川】元看護師で視覚障害がある市場梨沙さん(31)が、町内で「いちばベーカリー」(北町3)を開業した。視力が次第に低下する難病と診断されたのは念願の看護師試験に合格してすぐ。当時は単身で2歳の娘とどう生きていくか悩んだが、「趣味のパン作りを生かした店を」という夢を抱き、実らせた。病気で視野が狭いため、パンを焼く際にやけどは絶えないが、充実した日々を過ごしている。

東川出身の市場さんは旭川市医師会看護専門学校の卒業を間近に控えた26歳の2016年3月、網膜の異常で視力が次第に低下して行く難病「網膜色素変性症」と診断された。当時はシングルマザーで、2歳だった長女を育てており、「目も見えずにどうやって1人で育てていけばいいのか」と眠れない日もあった。

北海道療育園(旭川)に看護師として就職したが、病状が進み、できる仕事は限られていった。18年には夫有祐さん(39)と結婚。「なぜ自分が病気に」と周囲に当たることもある中、有祐さんの一言にはっとさせられた。「辛そうにしているあなたを見ている家族の気持ちは考えたことあるの」という言葉だった。

これが一歩を踏み出すきっかけになり、長男(2)の育児休業中だった19年、病気や事故で目が見えづらい人と支援者の会「ロービジョンケア旭川」に初めて参加。視力を失っても前向きに生きる人たちと出会い、趣味のパン作りを生かして「いつか店を出したい」との思いを膨らませた。

昨年4月に職場に戻ったが、症状はさらに進んでおり、看護師を続けるのは無理かも、と感じた。有祐さんが「やりたい事をやればいい」と背中を押してくれたことで開業を決め、市場さんの夢を知った旭川のベーカリー「愛家」が、仕込みなどを熱心に教えてくれた。新築したばかりの東川の自宅を改修、「良い市場」の語呂合わせで同11月18日に開業した。

店にはあんパン(120円)やクロワッサン(150円)など約50種類ものパンが並ぶ。自信作は4種の甘納豆と求肥を白パン生地で包んだ「抹茶の豆大福」(140円)。「体に良いパンを多くの方に」と、グルテン含有量が少なく、アレルギー発症率が低いとされる古代種の「スペルト小麦」など道産小麦にこだわる一方、価格は抑えた。

現在の視野は「トイレットペーパーの芯でのぞいているほど」で、中心以外は砂嵐のように見える。オーブンの縁に腕が触れてやけどをしたり、焼き上がったパンの手前1列にトッピングが載っていなかったりと苦労は絶えない。それでも厨房(ちゅうぼう)に立つと「パン屋をやるために生きてきたんだ」と充実感で満たされる。

病気は遺伝する可能性もあると聞いている。だから子どもが万が一、同じ病気になったとしても決して負けないよう、「大丈夫。できることはきっとあるよと、人生をかけて伝えたい。目が見える限り、パン屋を続けたい」。まぶしいくらいの笑顔で、市場さんは店に立つ。定休日は毎週水曜と第2、第4日曜・木曜。(高田かすみ)

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