保育士「配置基準」の2倍にした園を追った 心に余裕、残業も減 人件費の確保が課題

三和新琴似保育園で1歳児を見守る保育士。国の配置基準では保育士1人につき6人まで見ることができるが、「目が行き届かない」などとして改善を求める声が上がっている
国が定める保育施設の保育士配置基準。現行の基準では保育の質を担保できないとして改善を求める声が上がる中、独自で保育士を増やし、保育の質の向上と保育士の労働環境改善を図る園が札幌市内にあります。いったいどのような保育をしているのでしょうか。現場を取材しました。
「こうして両手で持つと落とさないから、もう一度やってごらん」
6月下旬、三和新琴似保育園(札幌市北区)の1歳児クラスの給食の時間。ご飯を食べ終え、下膳の際に茶わんを落としてしまった男の子に、保育士が優しく声を掛けます。男の子がやり直すと「できたね」と笑顔を向け、食べ物が散らばってしまった床を拭きました。
様子を見ていたクラス主任の保育士、飯本春香さん(29)は「保育士に余裕がないと、つい片付けてしまいがちですが、子どもの気持ちを受け止め、自信を育むためには必要な関わりです」と説明しました。
同園は本年度、保育士を1人増やし、1歳児18人に対し常勤保育士5人とパート保育士1人の計6人を配置しました。国の最低基準では保育士1人が見られる1歳児は6人。同園では、基準の2倍の保育士を配置していることになります。
1歳児は、給食時にご飯を口に詰め込みすぎるなどの危険もあります。別の保育士(33)は「保育士の人数がギリギリのころは、誤飲に気をつけて食べさせるので精いっぱい。今のような余裕はなかった」と振り返ります。
事務作業の時間も確保
保育士を増やしたことで、同園主任保育士の橋本鮎美さん(40)は「日中に事務作業の時間を確保できるようになり、残業がかなり減った」と話します。
事務作業は連絡帳の記入、保育日誌の記録、保育士同士の打ち合わせなど多岐にわたります。多くの園では園児の午睡中や帰った後に片付けるのが通例ですが、同園では、給食時間の後半には数人の保育士が保育室を離れ、職員室で事務作業に入ることができます。15分ほど職員がソファに座り、談笑する時間も生まれたといいます。
橋本さんは「こうした時間があると、職員間のコミュニケーションにつながるほか、リフレッシュして午後の保育にも集中できる」と説明してくれました。
多くの園で保育士の人材確保に困難を感じる中、同園では、採用に困ることは「ほぼない」といいます。菊地秀一園長は「ここ十数年、職員が休みを取りやすい、楽しく働ける環境改善に徹してきた。それが口コミで広まっているのかもしれない」と話します。
国の配置基準を巡っては、長年、関係者から改善を求める声が上がっています。今年4月には1歳児で「保育士1人に対して園児5人」を達成した園には補助を加算するなど改善に向けた動きもありますが、基準の抜本的改定を求める声は根強いです。
保育の質を左右するのは
菊地園長は、保育士を加配できた背景について、運営母体の法人に経営体力があることや、3年前に認定こども園となり、保育士を多く配置する加算措置が取れるようになったことで、徐々に保育士を増やしてきたと話します。
人件費を含む保育園の運営費は、国が在籍園児数を基に算出した額によって決まります。そのため、基準より多く職員を配置しようとすると、その分の運営費は園の持ち出しとなります。
特に難しいのが0歳児クラスの保育士の配置です。札幌市によると、市内の園の昨年4月時点の0歳児の入所率は58.1%。保育園は各クラスの定員に合わせて年度当初に保育士を確保していますが、国からの人件費は実際に子どもが入園するまで支給されません。
多くの園が国の最低基準では不十分だとして保育士を加配していますが、その人数は園の経営状態に左右されると言っても過言ではない、ということになります。
こうした現状について、藤女子大の吾田富士子教授(保育学)は、「同じ地域なのに園の経営状況によって保育の質が左右されるのは、本来あってはならない。現状に即した国の配置基準の見直しが最優先だが、それまでは市町村による人件費の補助や人材の配置なども必要だ」と話しています。
取材・文/水野可菜(北海道新聞記者)
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