コロナが変えたくらしの姿
「産む」の現場から(中)|感染不安で産み控え? 「家族と一緒」自宅出産も
「コロナがなければ」。札幌市東区のIT関連会社で働く佐藤美樹さん(30)はつぶやいた。新型コロナウイルスが流行する中、不妊治療を中断し、妊活を見送り、丸2年。「子どもはほしい。でもコロナ下では夫がお産に立ち会うこともできない。新しい命は、不安のない環境で一緒に迎えたい…」
道内でコロナの感染者が初めて確認されたのは2020年2月。結婚して4年目で、不妊治療専門のクリニックに通い始めたころだった。同年4月に日本生殖医学会が、妊婦や胎児への影響が不明として、不妊治療の延期を促す声明を発表。すぐに治療再開を促す内容に修正されたが、佐藤さんは「いま妊娠するのはやめようと思った」という。
この間、夫婦ともに2回のワクチン接種を済ませた。感染中の妊婦が無事に出産したとのニュースも知っているが、それでも「不安は残る」。多くの産院は今も感染対策として、家族であっても出産の立ち会いや入院後の面会を制限している。「コロナに左右されずに妊娠、出産できるような状況に早くなってほしい」
20年の人口動態調査によると、道内の出生数は過去最少の2万9523人で、初めて3万人を割った。子育て支援アプリ運営会社「コネヒト」(東京)の21年調査では、回答者1万1千人のうち22%が「コロナ禍での妊娠・出産を控えたいと思った」と回答。理由は「感染への不安」が最も多く、「妊娠期・出産時の家族の不在」「医療体制・環状への不安」と続いた。
ニッセイ基礎研究所(東京)の研究員、岩崎敬子さん(35)はコロナによる出生数などへの影響を調べている。「長期的な少子化に加え、感染不安などから一時的にコロナ下で『産み控え』が見られた。状況が改善されなければ、妊娠を控える傾向が続く可能性がある」と指摘する。
出産を取り巻く環境が変化したことで、自宅出産に関心を持つ人も。札幌市中央区の医師、松本麻生(まい)さん(32)もその一人だ。3月下旬に助産師の介助を受け、夫(34)と長男(2)に見守られながら、自宅のリビングで第2子を出産した。「コロナがなければ、しなかった選択。納得のいく、良いお産ができた」
長男の時は産院で産んだ。妊婦健診や出産には夫も付き添った。今回も同じ産院でのお産を考えたが、コロナ下で、出産の立ち会いや面会ができるのは夫のみ、しかも短時間。長男は、松本さんと生まれたばかりの妹が退院するまで面会が制限されると知った。
「家族が誕生の瞬間に立ち会えないのは、自分の望むお産ではない」。インターネットなどで情報を集め、自宅出産を扱う市内の「助産院エクボ」を見つけた。家族と妊婦健診に通ううち、「自宅で産む」という選択肢が決意に変わった。妊娠経過が正常、産後に家族のサポートが得られる―など、多くの条件をクリアすることが必要だったが、新しい家族を皆で迎える意義は大きかった。
当日は陣痛が始まってから4時間半で無事に出産した。松本さんは「お産に対する考え方は人それぞれ。私の場合は『家族と一緒に』を第1優先にした選択が自宅出産だった。夫が育休を取れたなど環境が整ったのも良かった」。
人口動態調査によると、20年度に道内で助産師が自宅出産に出張した件数は57件。コロナが流行する前の19年と比べて全体の出生数が4.8%減少する中で10件増加した。北海道助産師会(札幌)によると、その主な理由は「家族で立ち会いたい」「面会制限がない」などといい、「現在も増加傾向にある」という。
会長の高室典子さんは、松本さんをサポートした助産院の院長でもある。「両親学級が中止となるなど相談の場が減り、妊婦の孤立も問題となっている。コロナ下であっても、安心して赤ちゃんを産めるよう、さらなる環境整備や支援の充実が欠かせない」と話す。
取材・文/根岸寛子(北海道新聞 東京報道記者)
自宅出産
戦後すぐの1950年代は多くが自宅での出産だったが、70年ごろから病院と診療所が主流になった。助産師は女性だけで、看護師国家試験と助産師国家試験の両方に合格する必要がある。分娩(ぶんべん)介助のほか、妊娠中の健診や生活指導、産後の体調管理、母乳育児の支援などを行う。北海道助産師会によると、道内の助産所は79カ所で、うち自宅出産を含むお産を扱っているのは9カ所。助産所や自宅での出産は、妊婦に合併症がなく妊娠の経過に異常がない、逆子や多胎でない、帝王切開の経験がない―などが条件。急変に備え、助産所は嘱託する医療機関を定める必要がある。妊婦は妊娠中に数回、医療機関でより詳しい健診を受けることが国のガイドラインで決められている。
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